自分の内面を見つめてみよう

私たちが求める多くの感覚は
世界が変わり続けるのと同じく
常に変化します。

真理は像(形)にはありません。
本当の真理とは見ることも
触ることもできません。

何かに執着すると
真理から遠ざかります。
真理はただ存在します。
真理は独り自ら存在するものです。

世界のすべては
自ら存在しているのではありません。
万物はつくられたものです。
原因と結果があります。

原因と結果に執着するのは
真我ではなく仮我です。

私たちには自分を眺める目があります。
すべてを知っています。
ただ自分を守るために
「私は知らない」と言うときがあります。

知らないというのは自分を隠して
適当に生きることです。
冒険を恐れて無難な生き方を真似し
安定を探そうとするのです。

しかし内面ではわかっています。
深く見つめるとわかります。
それを認めると恐怖が生じるので
「知らない」と自分を装います。

知っていると言えば責任がかかるので
知らないと言いたいのです。
深く知ることを自ら否定しています。
しかし確実に自分は知っています。

意識の成長の最大の障害は
「よくわからない」と言うことです。
適当に自分を隠して避けようとします。

自らに正直になることが大事です。
正直になるには勇気が必要です。
悟りは習うものではありません。
真理を探すのも習いません。

「私の中にすべてある」
と自分を信じるのです。
そして真実の目で
自分の内面を見つめます。
勇気が必要です。

被害者意識や利己心や考えがわいて
視野を遮り妨害することもあります。
それでもあきらめずに
トライして見つめて感じるのです。

そのとき内面に潜んでいた
宝物が感じられます。
内面にある真我に出会い
内面の神性に出会えます。

そんな瞬間があなたを待っています。
そんな何かが間違いなく
あなたにあります。

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