人生の最期を迎えようとしている人を前にして

大切な人が人生の最期に近づいていると知ったとき、私たちの心にはさまざまな感情が湧き上がります。温かい言葉をかけて慰めたいと思う一方で、悲しみや恐れ、不安が押し寄せてきます。そうした感情があるからこそ、電話を一本かけることさえためらってしまうことがあります。

お見舞いに行こうと思っても、いざとなると何を話せばいいのかわからなくなります。「最近、調子はいかがですか?」と尋ねればいいのでしょうか。「死」という言葉を口にしたら、余計に悲しませてしまうのではないかと心配になります。いつもどおり明るく接したほうがいいのかもしれません。でも、話しているうちに自分が泣き出してしまうのではないかという不安もあります。

こうした迷いやためらいが生まれるのは、それだけ相手を大切に思い、心から慰めたいと願っているからです。そして、人生の最期を迎えようとしている人に私たちが贈ることのできる、最も大切なものの一つがあります。それは、周囲に気を遣うことなく、自分の気持ちをありのままに表現できる自由です。

会いに行く前に

相手の気持ちを受け止めるためには、まず自分自身の心の状態に目を向けることが助けになります。

その人を失うことが怖いのでしょうか。それとも、避けられない現実を前に、何もできない無力感を抱いているのでしょうか。あるいは、以前に伝えられなかった言葉や、してあげられなかったことへの後悔が残っているのかもしれません。

そうした感情が湧いてきたときは、自分の体がどのように反応しているか、静かに感じてみてください。頭や肩、胸、手足には、どのような感覚がありますか。体が緊張してこわばっていたり、重く感じられたり、気持ちが落ち着かず、そわそわしていたりするかもしれません。

ゆっくりと息を吐きながら、その感覚が少しずつ和らいでいくのを感じてみましょう。肩の力を抜き、足の裏が床にしっかりとついている感覚に意識を向けるのもよいでしょう。

悲しみが心に残っていたとしても、こうして少し立ち止まることで、心にゆとりが生まれ、相手にしっかりと意識を向けられるようになります。自分の心と体の状態に気づくだけでも、突然押し寄せる感情の波にのみ込まれず、落ち着いて今この瞬間に戻ることができます。

こうした小さな気づきは、私たちが相手のもとに持ち込む雰囲気そのものを変えてくれます。

自分の緊張が周囲の人にも伝わることは、日常生活の中で誰もが経験しているでしょう。緊張は声にも表れますし、沈黙に耐えられず、慌てて言葉で埋めようとしてしまうこともあります。

自分の心を落ち着かせることで、相手の表情やまなざしにより細やかに目を向け、思いやりをもって応じることができるようになります。

もちろん、会いに行く前に、心を完全に穏やかにする必要はありません。悲しみを抱えたまま訪ねてもいいのです。涙があふれてしまうこともあるでしょう。自分自身の心が痛み、どう振る舞えばいいのかわからなくても、相手を思いやり、心を配ることは十分にできます。

相手の希望を尊重する

その思いやりは、今訪ねても大丈夫か、短い時間でも会いたいと思ってくれているかを確かめることから始まります。

部屋に入ったら、「お会いできてうれしいです」といった自然な挨拶だけでも十分です。まずは静かにそばに座り、相手が今どんな気持ちでいるのか、ゆっくりと感じ取ってみましょう。

会うたびに、重々しい別れの言葉を交わす必要はありません。

相手は、庭に咲いている花のことや孫の近況、その日の朝にあったちょっとした面白い出来事などを聞きたいと思っているかもしれません。そうした何気ない日常の会話も、これまで築いてきた大切な関係の一部です。

何かもっと深い、特別なことを話さなければと気負う必要はありません。いつもと変わらない会話を楽しみながら、共に過ごす時間を大切にすればよいのです。

一方で、話が深刻な内容に及ぶこともあるでしょう。

相手が「実は、怖いんだ」と打ち明けたとき、私たちは思わず「大丈夫、きっと何とかなるよ」と安心させたくなるかもしれません。

それは愛情から出た言葉でしょう。しかし、そう言われた相手は、「本当の気持ちは、これ以上話さないほうがいいのかもしれない」と感じてしまうこともあります。

そんなときは、優しく問いかけることで、相手が安心して話せるきっかけをつくることができます。

「どんなことが一番心配なのか、少し話してくれる?」

そして、答えを急かしたり、沈黙が気まずいからといって慌てて言葉を継いだりせず、相手がゆっくり考え、気持ちを整理できる時間をつくりましょう。

体の痛みについて話すかもしれません。まだ心に残っている気がかりなことや、残していく大切な人たちへの思いを打ち明けるかもしれません。

そのすべてを解決してあげることはできなくても、ただ静かに耳を傾け、気持ちを受け止めるだけで、大きな慰めになることがあります。

相手の気持ちを受け止めるということは、話したくないときには、その沈黙を尊重することでもあります。

静かにそばにいてほしいのでしょうか。それとも、一人でゆっくり休みたいのでしょうか。相手が望むなら、そっと手を握るだけでも深い安心感を伝えることができます。疲れているようなら、短く挨拶を交わして帰るだけでも十分です。

こうした小さなサインを感じ取りながら、相手が何を必要としているかを大切にし、その気持ちに合わせて共に過ごす時間をつくっていきましょう。

ほとんど言葉を交わさない静かな訪問であっても、ふと心からの思いを伝えられる瞬間が訪れることがあります。

「本当に愛しています」

「私の人生にいてくれて、心から感謝しています」

長い間、心に抱いてきた感謝の気持ちや、忘れられない思い出が浮かんでくることもあるでしょう。

返事を求めることなく、ただ優しく、自然にその思いを伝える。それだけで、相手は私たちの愛を十分に受け取ることができます。

訪問を終えて帰る途中、もっと温かい言葉をかければよかったと悔やんだり、自分は少しでも慰めになれただろうかと考えたりするかもしれません。

しかし、そんなとき、私たちは何気ない愛情の行動が持つ本当の温かさを見落としがちです。

私たちはその人に会いに行き、話に耳を傾け、自由に話したり、安心して黙っていたりできる時間を共に過ごしました。残された大切な時間の一部を、分かち合ったのです。

どうすればいいかわからず、不安や恐れを感じるときも、大切な人のそばにいて、心を寄せたいという思いがあれば、それだけで最初の一歩を踏み出すには十分です。

そこからは、相手の気持ちや願いに寄り添うことで、次に何をすればよいのかが、一つひとつ見えてくるでしょう。

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