長いあいだ胸に抱き続けてきた問い

14歳の夏、私は村の近くの貯水池で友人と泳いでいました。水の中で夢中になって遊んでいたとき、友人が急にもがき始め、水面の下に沈んでいきました。

私はすぐに水に飛び込み、友人を引き上げました。ぐったりした友人を背負い、村に向かって力の限り走りました。友人の家に着いて庭に寝かせたとき、友人はもう息をしていませんでした。

体じゅうから力が抜けていくような絶望に襲われました。その夜、私は家の裏庭に積まれた豆殻の山の上にひとりで横たわり、がたがたと震えていました。そのときの衝撃で体を壊し、ひと月近く寝込むことになりました。

体はやがて回復しましたが、私の内側の何かは、それまでとはすっかり変わっていました。

死が現実になったとき

その日まで、私にとって死は頭の中の観念にすぎませんでした。人が死ぬことは知っていても、死というものをあれほど身近に感じたことはなかったのです。

友人を失ってから、私は死について考えずにはいられなくなりました。いつか私も死ぬ。両親もいつか死ぬ。知っている人も、目に映るものも、いつかはすべて消えてしまう。そして、ひとつの問いがどこまでも私についてくるようになりました。

「どうせみんな死ぬのに、人はなぜ生きるのだろう」

熱心に勉強して将来に備える友人たちを見ても、何が彼らをそうさせるのか理解できませんでした。いずれすべてが終わるのなら、なぜそんなに努力しなければならないのか。なぜ成功のためにがんばらなければならないのか。

夜になると、悔しさとやり場のない思いを抱えて空を見上げました。生まれたくて生まれてきたわけでもないのに、なぜ自分がここにいるのか、誰も説明してくれない。人生は説明書もないまま与えられ、その先には死だけが待っているように思えました。

14歳の少年が背負うには、あまりにも重い問いでした。どうやって答えを見つければいいのかわからず、周りの大人たちも、私の心を満たしてくれる答えはくれませんでした。それでも、問いは私から離れませんでした。

問いが道になる

振り返ってみると、死は、私に生について教えてくれた最初の師でした。友人の死が、すぐに何かの知恵やはっきりした方向を与えてくれたわけではありません。けれどもそれは、私が疑うことなく生きてきた当たり前の前提を打ち砕きました。人と同じように生まれ、与えられた目標に向かって走り、理由もわからないまま消えていく。そんな生き方を、もう当然のこととして受け入れられなくなったのです。

その経験が、探求の始まりになりました。生き延びることや成功することの先に、人生のもうひとつの目的があるのかを知りたかった。私たちの内側で人生を経験している本当の主体は誰なのか、あるいは何なのかを理解したかった。そして何よりも、死が確かに定められているのなら、人間はどう生きるべきなのかを知りたかったのです。

年を重ねるにつれて問いの形は変わりましたが、消えることは決してありませんでした。日々の責任に追われて薄れることもありましたが、大切な人を失ったとき、試練に直面したとき、自然の中を静かに歩いているとき、問いは必ずまた訪れました。

この人生は何のためにあるのか

口には出さなくても、多くの人が心のどこかでこうした問いを抱えて生きています。愛する人を見送ったとき、病気になったとき、年を重ねたとき、あるいは思っていたよりずっと早く時間が過ぎていると気づいたとき、その問いは浮かんできます。追いかけてきた目標がもう意味のあるものに思えなくなった静かなひとときに訪れることもあるでしょう。

この問いは居心地の悪さをもたらすので、私たちはつい目をそらそうとします。けれども、その問いを心に静かに抱いていると、問いはかえって私たちの人生をはっきりと整理してくれるようになります。

限られた時間の中で、本当に価値のあることは何か。私たちはまだ何を表現し、何を正し、何を完成させたいのか。ここにいるあいだに、どんな人でありたいのか。

私は14歳のときから、これらの問いを抱いて生きてきました。自分の心身を見つめることも、人に何かを伝えてきたことも、人間の意識を理解しようとしてきたことも、すべてこの問いから生まれたものです。そして、『魂の終活』という本を書くに至った長い旅も、ここから始まっています。

友人を失った痛みを、よいことだったとは言えません。けれども、彼の死が私を目覚めさせ、探求を続けさせる問いを投げかけてくれたとは言えます。その問いは少しずつ、人生をより深く理解するための羅針盤になっていきました。もしかすると、私たちがいちばん恐れている問いこそが、いちばん誠実に私たちを導いてくれる問いなのかもしれません。

死から目をそらさずに向き合うとき、私たちはようやく、いま与えられているこの人生で何をしたいのかを、よりはっきりと見られるようになります。

あなたにとって、人生の意味とは何でしょうか。

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